ここ数日(〜2021.08.04)、新潟県魚沼市の東野名地区や二分地区、高待原地区などでニホンザルによる農作物への食害が発生しています。被害を受けた畑では農家の方が丹精込めて作ったカボチャやサツマイモ、ジャガイモなどが「ニホンザルによる食害によってほぼ全滅状態」とのこと。山手の畑には電気柵を張り巡らせていたそうですが、「子ザルは電気柵の下を」「親ザルは電気柵の上を」突破していったとの事です。
社会学の視点で農作物への鳥獣被害を捉え直すと、ニホンザルについて「サルは悪くない」「山にエサが無いから仕方なくサルが里に降りてくる」「人間がサルの住処を奪った」「人間はサルに謝罪し、サルにエサを与えるべき」という意見はほとんど聴こえてきません。ところが、これがツキノワグマになると(高度経済成長期の開発行為の記憶と自然への郷愁からか)都市部のシニア層の方などから「クマは悪くない」論が散見されます。
<左:2020年に撮影した定点観察地点のニホンザル 右:同じく2020年に撮影したニホンザル>
「人間と野生動物のどちらが悪いのか」という設問へは、社会学や哲学からのアプローチも必要に思いますが、動物行動学の立場からすればニホンザルにとっても、ツキノワグマにとっても、「栄養価が高く・美味しくて・量も豊富で・摂食しやすい餌資源」が存在すれば、それが「人間が育てた農作物であったとしても(サルやクマの)摂食対象として魅力的に映るのは当然の帰結」です。
この夏も各地からツキノワグマによる農作物への食害が報告されますが、この現象を「山にエサが無いからだ」と解釈するのは早計です。仮に生息地全体がエサ不足であるならば、ツキノワグマの繁殖率が大幅に低下し、親子グマの目撃件数も激減する筈ですが、実際には各地で親子グマが頻繁に目撃されています。つまり個体差はあるにせよ、トータルとしてエサ不足ではないと考えます(新潟県魚沼地方におけるクマの餌資源:ミズバショウ・ヤマグワの実・アカソとフクラスズメ・山の実り調査(2021.08)の結果)。特に7月末から摂食可能なオニグルミの実は「年毎の豊凶の変動が穏やか」で「資源量も豊富」であることから、当地のツキノワグマにとって重要な餌資源となっています。当方のフィールド調査では「新潟県魚沼地方の山はクマのエサ不足との結論を導くこと」は難しい状況です。
<左上:春期にクマの餌資源となるブナの花(4月) 右上:同じくタムシバの花(4月)>
<左中:クマが食害したミズバショウ(6月) 右中:たわわに実るヤマグワの実(6月)>
<左下:フクラスズメの幼虫とアカソ(7月) 右下:若いクルミの実はクマの大好物(8月)>
新潟県魚沼地方の里山(旧薪炭林)の周辺は植物の種類も多く、春から秋までツキノワグマの餌資源に恵まれています。
それでもツキノワグマが農作物を食害するのは、「山に餌資源が無いからではなく(奥山のクマは奥山の餌資源を主に摂食※)」「戦後の燃料転換により里山(様々な樹木が成長を続ける旧薪炭林)を行動圏とする”令和時代の(里山型)ツキノワグマ”が激増」しており、こうした「”里山型のクマ”がアクセスし易い田畑に魅力的な(美味しい)餌資源(農作物)が集中しているから」と当方は解釈しています。この意味においても、「里山のクマの生態を解明すること」が鳥獣被害の機序の理解に不可欠であると考えます。
※ツキノワグマの行動圏は想像以上に広く、実際には「奥山のクマ」も里山へ行き来しています(参考)。