里山のツキノワグマ 65 〜冬眠(冬篭り)への準備は完了したのか?〜

 今日(2020.12.03)は野外調査の条件が揃ったため、新潟県と福島県との県境に位置している浅草岳(1585m)の北麓エリアを踏査しました。

<積雪期の林道は”動物たちの行動を物語る印画紙”です>

<浅草岳の標高1,000m以上の場所は積雪に覆われ、既に冬の装いです>

<たくさんの野生動物の足跡が残されていますが、今回はツキノワグマの足跡はありませんでした。もう冬眠に入ったのかな?>

<浅草岳北麓エリアではカモシカに加えて、イノシシの生息も確認されています>

 

 ネズモチ平登山口駐車場周辺から既に積雪があります。仮に浅草岳北麓エリアに「里山と奥山との境界線を引く」とすれば、このネズモチ平登山口駐車場(標高782m)からサクラソネ登山口(標高1,057m)までを結ぶ林道が「里山と奥山との境界線」になります。概ねこの林道よりも上部はブナの天然林となっており、また名前の通り「林道より下部」は昭和30年代にかけてブナを伐採し、その後スギの植林と更新してきたブナの二次林という構成です。

 

 この浅草岳北麓エリアについて言えば、「森林伐採が最も盛んだった時期は昭和30年代」ですが、現在では伐採後に植林されたスギとブナ二次林とが混在する混交林となっています。近年人里近くで出没が増加しているツキノワグマについて考えると、この浅草岳北麓エリアでは「昭和40年代以降は奥山に大きな開発行為は無い」ことから、「新潟県魚沼地方における令和時代のツキノワグマの大量出没」については、「奥山の開発行為は主たる要因では無い」ように考えます。むしろ、浅草岳北麓エリアではブナの二次林が年々成長しており、ブナの実の豊作年には「浅草岳北麓エリアはツキノワグマにとって大変魅力的なエサ場」となっています。

<上下とも ブナ林が大規模に伐採された昭和30年代の浅草岳北麓エリア>

(写真提供:新潟県魚沼市 桜井昭吉さん)

 

<左 50年以上が経過し、ブナ林が再生しつつある現在の浅草岳北麓・破間川源流部の田代平エリア 2020.12.03撮影>

<右 昭和30年代のブナ天然林伐採(皆伐)直後の同エリア。積雪期のため、伐採範囲の広さが一目瞭然である。>

(写真提供:新潟県魚沼市 桜井昭吉さん)

 

<浅草岳の概ね標高1,000mより上部は現在でもブナの天然林が広がっています>

 

 日本列島は南北に長く、また各都道府県によって山野の構成や植生、都市部と農村部との距離は大きく異なります。例えば、新潟県の最高峰は北アルプスに属する小蓮華山(2,766m)ですが、広島県の最高峰は恐羅漢山(1,346m)です。また開発行為の歴史についても、温暖で稲作が早くから導入され、銀山や銅山、たたら製鉄の歴史を古くから有する西日本では山頂付近まで森林伐採された場所もあったことから、森林性の大型哺乳類であるツキノワグマの生息適地は限定されますが、冬季に大量の積雪を有する新潟県をはじめとした「東日本の日本海側の多雪地域ではブナの自然林が卓越し」、「越後山脈や奥羽山脈、あるいは中部地方の飛騨山脈との連続性」によって、「日本海側のブナ林帯(多雪地域)は現在に至るまで本州におけるツキノワグマの主要な生息適地」となっています。

 

 そして、昭和30年代の燃料転換によって伐採されなくなった「新潟県魚沼地方の旧薪炭林(里山エリア)」は年々成長を続けており、「ツキノワグマの新たな行動圏(生息地)」となっています。このことを具体的に表現すれば、令和時代の現在では「新潟県と福島県との県境に位置する魚沼市の浅草岳(1,585m)」から「日本海を望む柏崎市の米山(992m)」までの間の山々(旧薪炭林)全てが「ツキノワグマの行動圏」となっています

<浅草岳(1,585m)から柏崎市の名峰「米山(992m)」を望むことができます>

<現在ではこの写真に写っているほとんどの山々が新潟県におけるツキノワグマの行動圏です>

 

 一般的には「人間が奥山を開発したから居場所を失ったツキノワグマが人里に降りてくる」とか「奥山がエサ不足だからツキノワグマの数が減っている」と言われますが、実際にフィールドで調査してみると得られる知見は上記の言説とは異なります。新潟県魚沼地域については「奥山と里山とが連続しているため、ツキノワグマは人里近くまでを行動圏としており」、「特に旧薪炭林(里山)の森林の成長とエサ場化」によって、「ツキノワグマの行動圏と個体数は年々拡大・増加しているのでは?」という印象が益々強くなります

 

 

<イラクサとフクラスズメの毛虫を一緒に食するなど、ツキノワグマの食性の幅広さには驚かされます>

<ツキノワグマの立派なフンは”寡黙にして雄弁”です。当地は本当にエサ不足だったのでしょうか?>

<堅果類が不作気味でも、当地のツキノワグマは里山にあるオニグルミやアケビなどを採食することで、この秋を乗り切ったようです。里山エリアの生物多様性がツキノワグマを救っているとも言えそうです。>

 

 そして里山エリアを調査してみると実感しますが、新潟県魚沼地方の旧薪炭林(里山)は植物の種類が豊富で、春から晩秋まで様々なエサ資源が存在します。また標高300m前後の里山は根雪期間も短く、ちょっと足を伸ばせば「人里エリアの柿の実」や「農地にあるトウモロコシやカボチャなど未収穫作物」も採食できることから「里山エリアはツキノワグマの新天地」となっています

 一方で「里山エリアにはツキノワグマの冬眠に適した大径木の洞などが極めて少ない」ことから、ここ数年の新潟県におけるクマの出没事案に見られる通り、人里近くの「空き家」や「納屋」、「コンクリート製のガレージ」、「高床式住宅の基礎部分」、「農家の芋穴」などで冬眠を試みたと思われる事例が見られますこれらの事から「奥山エリアでは積雪期を迎えて、ツキノワグマは概ね冬眠準備に入った」と思われるものの、「里山・人里エリアでは人家付近に迷入する冬眠準備のツキノワグマの存在※」に十分御注意下さい

 

※空き家やガレージなどで冬眠態勢に入ったツキノワグマの再覚醒(寝起き・ディスタービング)については、厳重に警戒して下さい。またメス熊は冬眠(冬篭り)期間中に出産する習性があるため、冬期でも防衛本能から人への攻撃行動が発動する可能性があり大変危険です。